
eスポーツは、コミュニティや民間企業が中心となって盛り上がってきましたが、近年では各国政府や自治体が「経済政策」の一環としてeスポーツを積極的に支援する動きが広がっています。大会誘致、スタジアム整備、人材育成、企業誘致、観光振興までを含めた総合的な産業として位置付ける国や都市が出てきました。
一方、日本では地方自治体による取り組みは少しずつ増えているものの、国や東京都をはじめとする大都市が世界をリードするような戦略を打ち出しているとは言い難い状況です。ゲーム産業そのものへの海外展開支援は進められている一方、「ゲームを競技として発展させる」というeスポーツの視点は、依然として限定的です。「eスポーツは、そもそもスポーツなのか」といった基本的な疑問をクリアできていない印象すらあります。
しかし、日本は世界有数のゲーム大国です。任天堂やソニー、さらには世界中で愛されるゲームIPを数多く生み出してきました。こうした強みを持ちながら、世界のeスポーツシーンでは必ずしも主導権を握れていない現状があります。
そこで、海外の先進事例を踏まえながら日本がeスポーツを産業政策として推進する意義と課題について考えてみましょう。
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eスポーツは都市・国家の経済戦略に
eスポーツの推進を最も積極的に進めている国の一つがサウジアラビアです。
国家戦略「Vision 2030」の中でゲーム・eスポーツ産業を重点分野と位置付け、数百億ドル規模の投資を進めています。ゲーム会社への出資だけでなく、世界最大級の大会開催やチーム誘致、人材育成まで国家レベルで実施しています。
欧州でも流れは同様です。フランス・パリは2026年の大規模eスポーツイベント開催を契機として、世界中のファンを迎え入れる都市プロモーションを積極的に展開しています。観光都市としてのブランド力とeスポーツを組み合わせ、新たなインバウンド需要の獲得を狙っています。
さらに注目されるのが英国・ロンドンです。2026年6月、ロンドン市長のサディク・カーンは「ロンドンを世界のeスポーツ首都にする」という目標を正式に掲げました。単なる宣言ではありません。
市は専門レポートを作成し、世界大会の誘致、海外企業の進出促進、若者の雇用創出、教育との連携スタジオ・施設整備などを包括的に進める方針を示しています。興味深いのは、この取り組みに日本企業であるソニーも深く関わっていることです。
市長は東京のRed Bull Gaming Sphereを訪問し、英国を代表するeスポーツチームFnaticとソニーの関係者とともに市場拡大について協議しました。日本企業が海外都市のeスポーツ政策に重要な役割を果たしている点は、日本国内にとっても興味深い事例と言えるでしょう。
数字が示すeスポーツイベントの大きな経済効果
世界各都市がeスポーツを誘致する理由は明確です。大きな経済波及効果が期待できるからです。
ロンドン市の公表によれば、
- 2024年開催のLeague of Legends World Championship Finalsは約1,200万ポンド(約24億円超)の経済効果
- 世界約5,000万人が視聴
- 2025年開催のBLAST Premier London Openは約3,000万ポンド(約60億円超)の経済効果
- 世界100以上の国・地域で約8,900万人が視聴
という成果を挙げています。
これはホテル、飲食、小売、交通、観光、広告、映像制作など、多くの産業へ波及します。
ロンドン市は以前からゲーム産業全体への投資を継続しており、ゲームイベントやゲーム企業誘致を通じて数千万ポンド規模の投資効果を目標としてきました。eスポーツもその延長線上に位置付けられています。
つまり海外では、「eスポーツを盛り上げる」のではなく、「eスポーツを使って都市経済を成長させる」という発想になっているのです。
ゲーム産業支援もeスポーツ推進は限定的
もちろん、日本でもコンテンツ産業への支援が全くないわけではありません。
経済産業省では、日本IPの海外展開を促進するための支援事業が進められており、「2033年までに海外売上20兆円」という目標も掲げています。
また、クールジャパン機構なども海外市場開拓を支援しています。
しかし、その多くはアニメ、映画、音楽、ゲームといったコンテンツ輸出が中心です。
ゲームそのものの輸出支援は行われていても、「競技としてのゲーム」であるeスポーツイベントの誘致や国際大会開催への公的支援は、それほど目立ちません。
文部科学省も地域スポーツ振興の一環としてeスポーツ事例を紹介していますが、その多くは高齢者交流や地域活性化といった社会的価値に重点が置かれています。もちろん、こうした取り組みは重要です。
しかし世界では、その先の「経済政策」としてeスポーツを位置付ける動きが加速しています。日本も文化政策だけでなく、産業政策としての視点をさらに強める余地があるでしょう。
日本はeスポーツのトレンドを作れる
日本は伝統的なスポーツでは世界の流れに乗る側であることが少なくありません。オリンピック、サッカー、野球、テニスなど、多くは海外で発展した競技を国内へ取り入れ、高い競技力を築いてきました。日本発で世界へ広がったスポーツは柔道や空手など限られています。
しかし、ゲーム産業では事情が異なります。
世界中のゲーム市場を見ると、任天堂、ソニー・インタラクティブエンタテインメント、カプコン、セガ、バンダイナムコエンターテインメントなど、日本企業の存在感は極めて大きいものがあります。
家庭用ゲーム機ではNintendo SwitchやPlayStationが世界市場を牽引し、ソフトウェアでも日本IPは世界中で支持されています。
さらに、ゲームはアニメや漫画との親和性も高く、日本のコンテンツ輸出を支える基幹産業と言えます。
つまり、日本には「競技そのもの」を世界へ発信できる土壌が既に存在しているのです。
格闘ゲームは日本の強みも主導権は海外
伝統スポーツ同様に、ゲームでも格闘は日本の強みになっています。例えば、Street Fighter 6は世界中で人気を誇り、国際大会には世界各国からトッププレイヤーが集まります。新感覚の格闘ゲーム『大乱闘スマッシュブラザーズ』も勢いがあります。
しかし、世界のeスポーツ市場全体を見ると、、League of Legends、Counter-Strike 2、VALORANTなど海外発タイトルが主流です。
競技シーンにおいて韓国勢の存在感は目を見張るものがあります。特にFakerを擁するT1は一大ブランドとなっており、世界中にファンがいます。
日本発ゲームが数多く存在するにもかかわらず、世界の競技シーンで日本の存在感が十分とは言えない現状は、決して見過ごせない課題でしょう。
日本独自のeスポーツ文化を世界へ輸出する発想
日本のeスポーツは、世界の主流とは少し異なる特徴があります。格闘ゲーム文化、家庭用ゲーム文化、コミュニティ大会、アニメ・漫画との融合など、日本ならではの魅力があります。
これを国内市場だけで完結させるのではなく、世界へ輸出する視点が重要です。特に東南アジアをはじめとするアジア市場はゲーム人口が急拡大しており、日本文化への関心も高い地域です。アジア地域において中国のゲーム産業の成長は著しく、eスポーツタイトルの存在感が増しています。
日本IPを中心とした世界大会を開催し、海外ファンを日本へ呼び込み、観光や関連商品の消費につなげることができれば、その経済効果は大会運営だけにとどまりません。
ゲーム、アニメ、音楽、食、観光を組み合わせた総合的なコンテンツ産業として展開できる可能性があります。
「ゲーム大国」から「eスポーツ大国」へ
日本は世界有数のゲーム大国です。しかし、その強みをeスポーツという競技・イベント産業へ十分につなげられているとは言えません。
世界では政府や自治体が大会誘致や企業誘致、人材育成、観光振興まで含めた総合政策としてeスポーツを推進しています。ロンドンやサウジアラビアのように、都市や国家の競争力を高める戦略として位置付ける動きは今後さらに加速するでしょう。
一方、日本には世界的なゲームIP、ゲーム機、開発力、そしてアニメ・漫画といった豊富なコンテンツ資産があります。これらを競技イベントや国際大会と結び付けることで、ゲームソフトの販売促進だけでなく、インバウンド需要の創出、地域経済の活性化、海外投資の呼び込みなど、多面的な経済効果が期待できます。
日本はIT分野で膨大な貿易赤字を垂れ流している一方、ゲームは数少ない国際競争力を持つ輸出産業です。だからこそ、ゲームの海外展開支援に加え、eスポーツイベントの誘致や開催支援、関連投資の促進を政策パッケージとして推進する意義は大きいと言えるでしょう。
すでに「ゲームを作る国」としては認知されている日本。さらに「世界が集まるeスポーツの国」への発展が期待されます。日本が持つゲーム産業の強みを最大限に生かすためには、文化振興だけでなく、eスポーツを未来の成長産業として位置付ける国家戦略的な議論が、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。
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