ゲーム・エンターテインメント業界において、近年稀に見る大型の動きが表面化しています。米国の大手ゲームパブリッシャー、Electronic Arts（以下 EA）が、サウジアラビアの政府系ファンドを中心とするコンソーシアムにより買収されることが発表されました。
サウジアラビアによるゲーム業界への投資は非常に活発で、特に近年はeスポーツ産業に注力しています。格闘ゲーム業界では、特にSNKの買収やEVOの共同運営会社RTSを買収したことが大きく話題になりました。これらの動きはサウジアラビアによる一連のゲーム・エンターテインメント産業への投資の一環とされています。今回買収に動いたサウジアラビアの国家的ファンドである Public Investment Fund（PIF）は「Vision 2030」という国家戦略の下で石油依存経済からの脱却を目指しており、ゲーム産業をその重要な柱の一つと位置づけています。
すでにサウジアラビアは「Esports World Cup」と呼ばれる世界最大のeスポーツ大会を開催しており、リヤドを世界的なeスポーツの中心地として確立しようとしています。EA買収により、この動きはさらに加速すると予想されます。今後、従来のeスポーツの中心地である米国、韓国、西ヨーロッパからサウジアラビアへと影響力のバランスがシフトする可能性があり、グローバルなeスポーツ市場の構造が大きく変化する転換点となるかもしれません。
こういった巨大資本によるeスポーツ参入・投資は、基本的に市場にとっては喜ぶべきことです。大会規模や賞金、そして特にインフラ回りに資金が回ることによってeスポーツ市場のさらなる拡大が期待できます。
また、EAが抱える大手フランチャイス、特に『EA Sports FC』（旧FIFA）や『Madden Football』といったスポーツ系ゲームへのさらなる資金投入が期待できます。これらのフランチャイスは（元となるスポーツの競技人口や人気もあり）特定のファン層を抱え込んでおり、また競技シーンも存在していましたが、MOBAやFPS、格闘ゲームといった現代の主流eスポーツとはプレイヤー層・ファン層もあまり被っておらず、傍流の雰囲気が否めない状態でした。今後は、これらのタイトルのeスポーツ領域へのさらなる進出が期待できると言えそうです。
今回の買収によりEAは四半期ごとの業績プレッシャーから解放され、eスポーツへの投資に関してより柔軟な意思決定が可能になります。サッカーの世界的な人気を考えると、適切な投資があれば大規模なeスポーツの観客を獲得できる潜在力があり、プライベート化はそのための地理的拡大をより積極的に進める機会となるでしょう。
一方でこういったサウジアラビアの動きへの懸念点もあります。EAはすでに『Apex Legends』といったeスポーツタイトルも運営していますし、大会の運営会社も多く所有しています。サウジアラビアでは現状でもこのようにゲームの開発元と大会運営者の両方を実質的に支配しているようなケースが多く、今後さらにその傾向が深まっていく可能性は高いでしょう。リアルスポーツと違って競技に使われるタイトルそれ自体が企業の「商品」であるeスポーツならではの問題ではありますが、こういった部分での競技的整合性(competitive integrity)への影響は今後、無視できないでしょう。
またサウジアラビアのゲーム投資はスポーツウォッシングならぬ「ゲームウォッシング」であるという批判も根強く残っています。アムネスティ・インターナショナルなどの人権団体は、サウジアラビアのスポーツやeスポーツへの投資を強く批判してきました。実際EWCでも、これらの理由で出場を辞退する選手やキャスターは多く、こういったスタンスの違いが今後、大きな対立として表面化していく懸念は存在します。
いずれにせよ、eスポーツ産業にとって、この買収は大きな転換点となるでしょう。サウジアラビアの影響力拡大により、競技シーンの地理的・政治的バランスが変化し、トーナメント構造や賞金配分にも影響を与える可能性があります。
同時に、巨額の投資により新たな機会が生まれる一方で競技的整合性などに関する懸念も残ります。eスポーツがグローバルかつ多地域的な成長を続ける中で、このような巨大資本の参入は業界構造を大きく変えるポテンシャルがあり、今後も動向には注目です。
(C)©Electronic Arts
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